■くちづけを
月も沈んだ夜更け。六年長屋空き室では密やかな逢瀬が行われている。
闇に紛れて重なる影は潮江文次郎と食満食満留三郎。犬猿の間柄で知られる二人が恋仲である事は余り知られていない。
二人が仲良くすると雨が降るとは根も葉もない戯れ言の筈なのだが、でたらめと言い張るには事例が余りに多すぎた為、二人は雨の夜だけと決めごとをして人目をはばかる逢瀬を繰り返していた。
ここしばらく晴天が続いていたり実習が入ったりとすれ違いばかりだった為、この逢瀬は実に三週間ぶりに実現したもの。若い恋人たちは熱に浮かされたように口づけを交わし求め合う。
「はっ、ん……ふぁ」
舌を絡め、唇をはみ、吐息すら逃さぬとばかりに口を吸いあう二人。夜着も下帯も疾うに纏ってはおらず互いに欲望の全てをさらけ出していた。
食満の眼は赤く潤みもはや潮江の支え無しには立っていられない程だ。力の抜けた食満の身体をゆっくりと床に横たえ、開いた足の間に入ると未だ慎ましく閉じている食満の秘部に指を這わそうとした時。食満から制止の声が上がった。
「ま、待て。まっ…」
「待てん。お前だってこんな状態じゃ辛いだけだろうに」
「やっ、あ、ああ…ま…ってま………待てって、言って、ん、だ…ろ!!」
「のわっ!?」
制止の言葉を無視して続ける潮江に食満は力の入らない身体で必死に手を伸ばす。なんとか首に手を回すと体重を掛けて思い切り引き寄せた。
当然均衡を崩された潮江は思い切り食満の上に倒れ込んでしまう。何をするのかと睨んだ先に潮江が見たのは間近に迫った楽しそうな食満の顔。
思い通り近くに来た潮江に満足した食満はそのまま口付ける。何度も何度も。
至極楽しそうに口付けを繰り返す食満に応えている内に潮江の方も毒気が抜かれてしまう。求められるままに歯列を舐め、唇をはんでやり食満の望むままに深い口付けを繰り返した。
「……どうした、今日は随分と甘えてくるじゃねぇか」
「うっせ。いいから黙って口吸わせろ」
「ん…いいぞ好きなだけ吸えよ。その代わり……」
口付けを繰り返しながらどうにか体勢を整えた潮江は、下肢に手を伸ばし自分と食満のモノを二本まとめてしごき出した。最初の口付けの時点で十分に熱く滾っていた陰茎は抱き合う二人の間でこすられもはや破裂寸前な程に猛っている。
潮江の手が食満の下肢に触れた時、食満の眼は確かに愉悦に歪んだ。強弱をつけてしごく手の動きに合わせ唇に食らいつき強く舌を吸ったその時、二人同時に欲望を爆ぜさせた。
息も整わぬまま再び舌を絡め合う。
口内を蹂躙する舌が堪らなく気持ちいい。
文次郎の厚くて柔らかい舌が絡んでくるのも歯列をなぞるのも俺にこの上ない快楽をもたらす。
この卑猥な舌が首筋を這うのも胸をはむのも二の腕に痕を残すのも太ももをかじるのも指をくわえるのも陰茎をなぶるのも好きだが、俺は文次郎との口吸いをなにより好いていた。
「はぁ……ん…」
潤滑油後ろに塗り込む作業中も口吸いを止めてやらない。視界も動きも制限されるためやりにくそうだがまぁなんとかするだろう。俺は文次郎を味わいたいのだ。
飲み込む気のない唾液が口の隙間から溢れ落ち独特の匂いが立ち上る。普通なら悪臭と呼んでも差し支えないモノだがこれが文次郎のモノだと思うと身体の奥が熱くなり思わず腰を揺らしてしまう。そのはずみで慣らす為に入れられていた文次郎の指が思いがけない奥を引っかける。
「う……ぁんっ…!」
「お、ここか」
突然与えられた刺激は全身を駆け抜け、堪えきれずに甘い声を上げてしまった。偶然当たったイイ所を今度は重点的に攻めてくる。文次郎め、こういうのは見逃さない上に器用なのがまたムカツク野郎だ。
元々今日は文次郎を味わい尽くしたい気分だったのに、こうも刺激されては堪らない。まだ指しか入っていないのに前が張り詰めているのが自分でも分かる。意識の制御によらない内壁がヤツのごつごつとした太い指を締め付けるが俺が欲しいのはこれじゃ無い。もっと熱いモノ。もっともっと太くて硬くて俺を最高に酔わせる文次郎自身を身体の一番奥で感じたい。
「い、い加減に、しやがれ……文次郎っ!」
指だけでイかせようとでもしているのか、うごめく指を抜く気配の無い文次郎に焦れた俺はヤツを睨み付け頭に回していた手を片方外し文次郎の陰茎に触れる。腹に当たる感触から張り詰めているのは俺だけじゃ無いのは分かってた。猛々しくそそり立つ陰茎を無造作に扱いてやると耳元に感じる文次郎の息がどんどん荒くなっていくのが楽しい。
「ちょ、止めろ留三郎…っ!」
「はっ!どうだそろそろやせ我慢も限界じゃないのか?」
「くっ……貴様、こそ欲しくて堪らんって顔しおってからに……」
欲しくて堪らんのは否定しない。不覚にも顔に出てしまっていたらしいが意地でも口には出してやるものか。いつもいつも、焦らせば強請ると思うなよ!
適当に扱いていた陰茎の先端に軽く爪を立ててやる。びくりと反応した文次郎に気を良くした俺はそのまま指の腹でなで回しながらもう片方の手も下肢に伸ばし袋をやんわりと揉んでやった。とろりとした先走りの液が扱く手の動きを滑らかにする。手を動かすたびにぐちゅぐちゅと聞こえる卑猥な音は俺の手元だけじゃなくまだ弄られ続けている後ろからのもだ。お互いの限界は近い、文次郎の絶倫がイくのは構わないが俺は勘弁して欲しい。
手の中の陰茎がビクビクと震え射精寸前と思われたとき、その根元をきつく握ってやる。これで俺が手を離さない限り文次郎はイけなくなったって訳だ。
「な……っ! 留三郎!?」
文次郎の顔が驚愕に歪む。辛いよな、俺も良くやられてるからその辛さは良く分かる。だからこそ、ちゃんと正解を言うまでは放してやらん。後ろを弄る指が抜けた事にも気づかない焦りっぷりは中々気分がいいもんだな。
「イきたいんだろう? じゃあなんて言えばいいか、分かるよな?」
「くっ…………」
少し身体を離して目を覗き込みわざと意地悪く言ってやれば屈辱と耐えがたい快感が混じり合った目で睨み付けてくる。上気した顔にうっすら涙の浮かんだその顔は…………かわいい。文次郎が俺に向かってかわいいだなぞ抜かすのはこいつの頭がイカレてるだけだと思っていたがこれじゃ文次郎を笑えん。
思わず唇にかぶりつく。再び響く水音に俺の方も辛抱堪らなくなりそうだ。どちらが先に音を上げるか……そんな事を考え始めた時だった、じっと耐えていた文次郎が俺を押し倒し大きく足を広げさせてきた。期待にはち切れそうな陰茎も慣らされぐずぐずにほぐれている後口も丸見えだ。見上げてみればギラギラとした目でじっとひくついている後口を見ている。今にも突っ込まれそうだがまだだ、まだ言葉を聞いていない。
手を放さなかったのは自分で褒めてやりたいくらいだ。根元を押さえている手に力を込め、無言で文次郎を睨み付ける。突っ込まれるのがイヤじゃないってのはもちろん分かってるよな?
もう限界といった風情で文次郎が声を絞り出す。
「とめ、留三郎……手を、放してくれ。イきたい、お前の中で……挿れさせてくれ……っ!」
俺は今どんな表情をしているのだろう。いつもの文次郎の表情と同じなのか?だとしたら相当に殴りたい勝ち誇った顔をしてるんだろう。
焦らして焦らして言わせた言葉は、相手が言うまで耐えきった自分へのご褒美でもある。押さえつけていた陰茎を解放し空いた手を伸ばして文次郎に抱きつく。
唇を合わせるのと待ち望んだ熱が俺を犯したのはほぼ同時だった。
「目茶苦茶にしてくれやがって……覚えてろよ」
「焦らしまくったの何処のどいつだ。自業自得だろ」
散々焦らされたのは文次郎だけじゃない。かなりギリギリだった俺も一緒に盛り上がった結果、気絶するように寝てしまい、朝目が覚めたときには身体はガビガビ、後始末どころか文次郎を銜え込んだままだった俺が起き上がれる筈も無く。情けない事に身体を支えて貰いながらぬらした手ぬぐいで清めて貰っている始末。
「たまにはあんな積極的に迫られるのもいいな」
「…………二度とやらねー」
文次郎のイイ顔見れんのは魅力だけどな、そのたびにこんなんじゃ身が持たん。
慣れない事はするもんじゃない。
そう悟った俺は冷たい手ぬぐいの感触を味わいながら二度寝を決め込む事にした。次に目が覚めた時にはさっぱりしてついでに食い物位用意してあるだろう。
「あ、こらてめー!人に任せて寝てんじゃねぇ!」
ほざいてる文次郎の声も既に遠い。冷たい手ぬぐいと背中の温かい体温を感じながら俺は気持ちよく睡魔に身をゆだねた。
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積極的な食満くん。
食満くんはキスがおすき。
2011.10.31