ひめはじめ 【姫始め】
[1] 頒暦(はんれき)の正月に記された暦注の一。正月にやわらかくたいた飯(=姫飯(ひめいい))を食べ始める日とも、「飛馬始め」で馬の乗り初めの日とも、「姫糊始め」の意で女が洗濯や洗い張りを始める日ともいわれる。
[2] 新年にはじめて男女が交わること。
[ 大辞林 より引用 ]

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「という訳だ。ヤるぞ」
「ざっけんな!」

新年二日目の夜、いつも逢引に使う空き部屋で。古式に乗っ取り新年の行事をしようとした俺に対して、奴は真っ向から抵抗した。

「この間ヤリ納めとかなんとか言って散々やってくれたのは何処のどいつだ!」

俺だ。

「あれはあれ、これはこれだろう。年末に納めたんだ、新年には気持ち新たに始めるのが昔からの習いだ」

俺のこの主張は至極真っ当なものだと思う。それなのにこの照れ屋な恋人ときたら。

「今夜は酒盛りつったじゃねぇか。せ、せめてもうちょっと時間開けろ。身体もたねぇよ……」

……頬を赤く染め、目を反らしながらそんな可愛い事を言う。
んな顔してっと襲うぞ、コラ。
内心の動揺を悟られぬよう、咳払いを一つして俺は説得を試みる。

「そうは言うが、姫初めというのは新年の二日にやるものと決まっている。年越しそばを食い、元旦には初詣に行った。順調に正月行事をこなしてるんだ、これだけ延期というのも妙な話だろう。今年初だ、そんな無理をさせる気はないぞ?」

言いながら腕を伸ばし、奴の身体を引き寄せる。
意外な事に抵抗は無く、素直に俺の腕の中に納まってくれた。
そのくせ視線は反らしたままの奴の耳元とに口を寄せ囁く。

「こんな落ち着いた正月はこれが最後はかもしれん。卒業しちまったら、2人揃って正月休みが取れるかどうかなんて分からんぞ。……な」

卒業しても別れる気は更々無いが、揃って休めるかどうかというのは別の話だ。
最後かもしれない正月らしい正月を2人で過ごしたい、というのは俺たち共通の思いのはずだ。
奴の肩口に顎を乗せ、腕の中の身体をきつく抱きしめる。

「……が先だ」

すぐ近くに居ても聞き取れない位の小声で何かを言った。
奴の顔を覗き込むと赤い顔はそのままに、だが俺と目を合わせ、今度ははっきりと言った。

「まだ、新年の喧嘩をしてない。勝負が先だ」
「勝負って……今から喧嘩すんのかよ。そんな気分じゃねぇぞ」

互いに風呂も済ませ、夜着に着替えている。そもそも新年早々に喧嘩して怪我でもしたら伊作にどんなイヤミを言われるか……伊作の説教に関してはこいつの方が被害が大きいだろうに。

「殴り合いは正月明けな。伊作こえーし。そうじゃ無くて」

これ、と奴が目で指したのは持ち込んでいた酒だった。

「飲み比べといこうぜ、去年は5勝5敗でちょうど互角だったしな」

去年の何度かの飲み比べの記憶を反芻する。
俺と留三郎の酒量は今のところ殆ど同じ。差程強いわけでもないので、決着はすぐに着くだろうが……

「どっちが勝とうが、酔いつぶれたらヤれねーだろうが」
「んなにヤりたいのかよ」

呆れた顔で言われたがこればっかりは譲れない。

「当然だ。だから決着は酔いつぶれるまでじゃなく、1本飲み干す早さでどうだ?」

勝負だからといって、無理に一気飲みするような愚かな奴じゃない。
持ち込んだ酒は2本。同じ大きさの猪口で、手酌は無し。相手の酒量の手綱を握るのは今後に向けての鍛錬にもなる。
などと半ばこじつけだが、理屈と勝負の決まり事を言ってやればしぶしぶ頷いた。
了承を受けて、最後に付け足す。

「負けたら勝った方のいう事を聞く。有効期限は今夜一晩で、命令は3つまで。で、いいな?」
「ぜってぇ負けねぇ」

こうして酒の早呑み勝負が始まった。
先ずは互いに注がれた酒を一気に飲み干す。

「おいおい、そんな一気に飲んで大丈夫なのかよ。飲みきる前に潰れてくれるなよ」
「はっ! こんなちびちびじゃ飲んだ気しねぇよ。もっとなみなみ注ぎやがれ」

睨み合いながら酒を注ぎ、飲み干す。
酒量はほぼ同じだが、俺と奴で決定的に違うところがある。
俺が殆ど顔に出ないのに対して、奴はすぐに顔が赤く染まる。
実際の任務となれば、酔いが回る遥か手前で酔ったように見せかけられる留三郎の体質は有利だろう。
だが、今、この状況で。赤く染まった顔で睨みつけてくるその顔はかなりの破壊力だ。

下腹部がずくりと疼くのをなんとか紛らわし、杯を空ける。

 

「おい、こっちの猪口が空だ。早く注げよ」

酒瓶の重さが半分になった辺りからやや猪口を空ける速度がゆるやかになる。
ツマミも無しに飲み続けるにはそろそろ辛くなってきたが、ここで止める訳にはいかない。
飲み干した猪口を差し出すと、奴は一瞬悔しそうに顔を歪め、酒を注いできた。
注がれた酒を舐めつつ、留三郎を注視する、己の手の中の猪口を睨みつけている。
少々意外だが、大分限界が近いらしい。
染まった頬と悔しそうなその顔に喉の渇きを覚え、注がれたばかりの酒を飲み干す。

「……空いたぞ」

猪口を差し出せばやはり悔しそうに酒を注いでくる。その手はやや震えていた。

「どうした、今日は随分と早いじゃねぇか。飲みきる前に負け宣言するか?」

再び注がれた猪口に口を付けながらそう挑発してみれば、意外にも……本当に意外な事に手にした猪口を置いてしまった。
まさかの降伏に唖然としていると、顔を真っ赤に染めた留三郎はこう言い放った。

「てめーがヤるヤる煩ぇから無駄に酔いがまわっちまったんだよ!」

酒が入ったままの猪口が手から滑り落ちる。
床がこぼれた酒で濡れるが気にしている余裕は無い。
奴の顔に手を添え、こちらを向かせる。

「最初の命令だ。姫初め、すんぞ」

返事なぞ待たずに口付けた。
薄い唇を舐め、下唇を甘噛みする。まだ閉じられた唇を開かせる為に、執拗に嬲る。
天の岩戸の如く中々開かない唇に焦れるが、二つ目の命令はまだ使わない。
ここで使ってしまうには惜しい。
互いに目を開けたまま口を吸い続ける。
紅い頬も潤んだ目も酒の影響ばかりではないだろう。
もっと泣かせたい、整ったこの顔を快楽で歪ませたい。
そんな思いが届いたのか、単に息が苦しくなってきたのか、眉間にシワを寄せ苦しそうに目を閉じると同時に、唇が開いた。

「ぷはっ、は…ん…」

息をつかせる間もなく、ようやく開いた口に舌を侵入させる。
歯列を舐め、奥まった舌を絡めとり擦り合わせると、溢れた唾液がくちゅりと音を立て零れる。
息をも喰らい尽くす勢いで口を合わせ続け、ようやく開放した時にはすっかり潤みきった留三郎が居た。

「っ、は…あ…もんじろ」

おぼつかない動作で俺の首に手を回ししがみついてくる。
首筋を吐息がくすぐり、俺の理性が急速に細く削られていく。
直ぐにでも押し倒して深い所まで繋がり、俺を刻みつけたい。
そんな本能じみた衝動をか細い理性が辛うじて押しとどめる。
無理はさせないと言った言葉は嘘ではない。受け入れる側に負担が大きい行為だ、出来る限り慣らして受け入れる負荷を減らしてやりたいと思う。
しがみついてくる身体を一度引き剥がし、軽く口を吸った後、今度は首筋へと舌を這わせていく。

「あ、あ、んっ…はぁっ………ん…」

夜着の胸元をはだけさせ、胸の飾りに吸いつけば甘ったるい声が上がった。
素直な反応に気を良くした俺は、下肢に手を伸ばした。
留三郎の足の間に身体を滑り込ませ、帯はあえてそのままに、裾を割って下帯の上からそっとなぞる。布越しにも分かる程熱くなっているそこをゆっくりとした動きで撫でながら顔を上げる。
視線の先には赤く潤んだ顔をでこちらを凝視する奴が居た。
余りに扇情的なその顔にゾクゾクする。
もっとだ。羞恥と快楽でこの顔をもっと歪ませたい。

「二つ目の命令だ。下帯を自分で外せ」
「なっ……ふざけんなっ…この…」

案の定睨みつけられるが、足を開き着物を乱れさせた今の状態ではどんなに睨んだところで煽るだけだ。

「なんでもいう事を聞く、という決め事だろう。それに、自分でやらんとこれ以上触ってやらんぞ」

正直な所、こちらもかなり限界ではあるが、平静を装って言う。
しばし声にならないうめき声を発して居たが、わざと焦れったく手を動かしてやると、観念したように己の下肢に手を伸ばした。
震える手で苦戦しながら下帯をゆるめる。
多少の時間を掛けて、下帯がその役目を果たさなくなった時、露わになった陰茎を迷わず口に含む。

「うぁっ…んっ…あ、あっ…………ん」

元からはち切れんばかりに勃たせていた留三郎は先端を刺激してやるとあっさりと達した。
半分程を手のひらに出し、残りの半分は音を立てて飲み干す。
羞恥に満ちた留三郎の顔と喉に絡む苦味に、触れてもいない己が限界寸前なのを感じる。

「力抜いとけよ」

手のひらに出した留三郎の精液を潤滑剤代わりとし、後口に塗りこむ。指を一本、また一本と増やしながら丹念に解していく。
早く、早くここに己を突き刺したい。奥底まで突いて留三郎の身体を己で満たしたい。
指を三本飲み込んだ時、留三郎から切羽詰まった声が上がった。

「もんじ、ろ……も、早く。早く…ほ、しっ…」
「…………………!」

蜘蛛の糸より細くなっていた俺の理性はそこで完全に切れた。
身体を起こし、乱雑に下帯を取り払うと、猛りきった怒張をひくつく後口にあて、一気に貫く。

「う、ぁ…………あぁぁぁぁ……っん」

狭い穴を押し広げながら奥へ奥へと進める。
柔らかい内壁が絡め取るように纏わりついてくるのがたまらなく気持いい。
最奥まで貫き、入口近くまで引きぬく。単純な動きをわざとゆっくり繰り返してやると、物足りないのか留三郎の腰がゆらゆらと誘うように動く。

「腰、動いてんぞ。そんなに気持ちいいか」

そう揶揄すれば、睨みつけてくるものの、反論の言葉は無い。
恥入った風に目を反らす様さえ俺を煽っていると知っているのかいないのか。
ゆるゆると留三郎の一番イイ所を僅かに外すように動かしていると、焦らされ続ける留三郎がついにキレた。

「…っこの、ねちっこくヤりやがって、変態親父め……んっ」

腹筋を使って上体を起こし、逆に俺を押し倒す。いわゆる時雨茶臼ってやつだ。
この体勢は僥倖だが、先ほどの暴言に対しては一言物申さねばなるまい。

「誰が親父だ誰が!」
「変態は認めんのかよ!」

お前に惚れて、お前の全ての痴態を見たいと望むのを変態というのなら、それは受け入れざるを得んな。
そう言ってやれば既に赤い顔をますます赤くし、毒づく。

「ばっかじゃねーの…………うごくぞ」

どう見ても照れ隠しな悪態をつく、この素直じゃない恋人は、自らイイ所をに当たるよう腰を動かし始めた。

「はぁっ……ぁ…ん、あ……」

俺の上に跨り自ら腰を振っている、滅多に拝めない恋人の絶景に、達しそうになるのを必死に堪える。
正月早々こんな光景を拝めるとは、今年は良い一年になりそうだ。
少しでも長く堪能したいが為に散らした思考を悟られたのか、こっちに集中しろとばかりに口付けてくる。
あぁもう、こいつは……っ!

留三郎の動きに合わせてこちらも突き上げてやれば、ひと際強く締めつけてくる。
双方、限界は間近だった。

「あああ、も、イ、くっ…んぁ…っ」
「…っ、イっちまえよ、俺も…………」

深く深く貫いた時、達すると共に俺を喰らい尽くさんが如く締め付けた留三郎の胎内に、俺も熱いものを注ぎこんだ。

 

呼吸が整うまで、しばしそのままの体勢で余韻に浸る。
ちょうど吸いやすい位置に口があったので、髪に指を絡ませながら吸いつくと素直に応じてきた。

「……苦げぇ」
「あぁ、お前の飲んだからな」

顔をしかめてそんな事をぬかす奴に率直な理由を答えてやると殴られた。
最中も口吸ってきた癖に……

「素面じゃねぇ時と一緒にすんな!」

ぶつぶつと文句を言いながら腰を上げ、留三郎の胎内に入ったままだった俺を引き抜く。
この体位は抜く瞬間が見れんのが難点だな……その分、敏感な内壁が擦れて感じる留三郎の顔は堪能できるが。

「………っん…ぁ……はぁ…っ」

引き抜き終わると、疲労困憊の体で俺の横に寝そべる。
中に出したモノの処理すら後回しにする程疲れているようだが、命令は後一つ残っている。

「留三郎、まだ終わりじゃないぞ。3つ目、最後の命令だ」

まだ何かさせる気かと、鬱陶しそうに俺を見やる留三郎に命令を下す。

「接吻してくれ、お前の方から」

途端に嫌そうに顔を顰める留三郎。
苦いといった直後で確かにあれかもしれんが……流石に傷つくぞ。
最中はともかく、奴の言うところの素面な状態で留三郎からの接吻は中々に希少なのだ。こういう機会に強請ったところでバチはあたらんと思うのだが……

気まずい沈黙が続き、俺がもう撤回しようかと口を開きかけた時、留三郎が動いた。
仏頂面のまま顔を寄せ、俺の頬にそっと口付けを落す。

「これで満足かよ」
「…………あぁ」

確かに口に、との指定はしなかったが……何とも言えぬ情けない気持ちで返事をする。

「んじゃ、命令とやらは全部完遂だな」

先程とはうって変わった楽しげな声音で奴が言う。
何事かと見やると、声音の通り非常に楽しそうな、かつ不敵な笑みを浮かべた奴の顔が直近くまで近づいていた。

「!?」

今度は唇に、間抜けに開いていた口から舌まで侵入させ思う様なぶられる。突然の行動に思考は停止してしまい、為されるがままだ。

気が済むまで接吻を交わした留三郎はこんなことをぬかしやがった。

「命令されないと接吻も出来んと思われるのは癪だからな」

放たれた言葉が耳から脳に伝わり、全身に心地よい痺れをもたらす。
俺は心の赴くまま、留三郎を抱き締め、もう一度押し倒した。

 

正月早々これでは今年も、……いや、おそらく一生こいつには敵わないのだろう。
心の中で全面降伏をした俺は、ぎゃーぎゃーと喚く奴を黙らせるべく、再び唇を合わせた。

 

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二人の秘め始め。
今年も彼らは仲良しです。

2011.01.04

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