■愛情ショコラ

 バレンタイイデー前夜、一人キッチンに立つ食満の姿があった。
 明日のバレンタインデー、日本においてはクリスマスに次ぐ恋人たちの祭典に手作りチョコレートを用意しているのだが、テーブルにはチョコレート作りにはあまり用いられない材料がちらほらと。
 それら全てを使い、器用に手作りショコラを作っている。
 鼻歌交じりにとても愉しそうに。
「……よし」
 後は冷えて固まれば完成だ。明日の朝には出来上がっているだろう。
 ラッピングの準備までして、今夜の作業は終わりとなる。
「文次郎のやつ、なーんて言うかな」

 翌朝、美味しそうに出来上がった4粒のショコラを綺麗にラッピングして完成だ。
 今日の放課後、うちにくる約束を取り付けているから学校に持って行く必要はない。
 食満は意気揚々と学校へ登校した。

「おはよう、食満君。これ、バンレタインのチョコレート。受け取ってくれる?」
「ありがとな。甘いもん好きだからうれしーわ」

 登校して早々に始まる毎年恒例のチョコ手渡し会。
 本気の告白付きチョコは誠心誠意お断りしているが、人気投票のようなチョコはありがたく頂いている。
 もともと甘いものは好きなので持て余すこともないのだ。
 そんな一人勝ち状態の食満をやっかみ半分ではやし立てるクラスメイト達、その中に嫉妬混じりの苦々しい視線混じってるのが分かる。不快なはずのその視線が嬉しいと感じる自分に呆れるがしょうがない。そんな視線を送ってくる人間は一人しかいないのだから。

 休み時間をフルに使ったチョコは手渡し会は放課後の時間も多少使ってようやく終わった。
「やっと終わったか。毎年毎年ごくろうなこって」
 機嫌よくもらったチョコを袋に詰める食満に潮江は声をかけた。
「ホント毎年毎年ありがたいよなぁ〜 みろよ、今年はちゃんと持ち帰りの袋まで用意してれたんだぜ」
 心底うれしそうな食満に対して、二人きりになった潮江は機嫌の悪さを隠そうともしない。
「さっさとしまって帰るぞ」
「おう。うち来るんだろ?」
 チョコも用意してあるからな、と上機嫌のまま言う食満に潮江は僅かな違和感を感じる。
 確かに自分たちは世にいう恋人同士という奴ではあるが、この恋人は世間のイベント事にさほど積極的ではない。クリスマスも危うく後輩のパーティにでるところだったし、年末年始は当たり前のように家族と過ごして電話の一本すらよこさなかった。つい先日の節分も………節分?
「おい、おまえまさかこの間の事根にもってるんじゃ……」
 つい先日の節分の出来事を思い出した潮江の問いかけに食満は晴れやかな笑顔で返した。
「さてなぁ? チョコ用意してあるのは本当なんだから、さっさと来いよ」
 足取り軽く自宅へと向かう食満の後を顔をひきつらせた潮江が続く。

「今茶入れるから、座って待っててくれ」

 勝手知ったる食満の部屋。いつものソファーに座って待つ。
 目の前のテーブルには小さな包み。
 今日学校でさんざん目にしたものと似た包みだ。非常に嬉しい反面、どうしても先ほどの食満の笑顔が気になってしまう。
「またせたな」
「いや……」
 間もなく二人分のコーヒーを入れた食満が戻ってきた。
 並んでソファーに座り熱いコーヒーを一口すすると、テーブルにおかれた包みを改めて潮江に差し出した。
「ハッピーバレンタインっつうんだっけ? ま、俺からだ」
 少し照れた風な笑顔で差し出されてしまえば潮江に受け取る以外の選択肢はない。
 正直、余りに素直な食満のの態度に脳内で警鐘は鳴り続けていたがこれも惚れた弱みだ。
 包みを開けるとそこには一口サイズのショコラが4種4粒。形は全部違うが、どれも変わったところは無い。少なくとも見た目は。
「全部味が違うんだぜ。さ、食べてみろよ」
 そう言いながら自分は女子にもらったチョコレートを次々開けては口に放り込んでいる。
 潮江は覚悟を決めて一つを取り口に入れた。
「…………ぶっ!!!」
  噛んでまず口に広がったのはチョコの甘み、その次の瞬間強烈に鼻に抜ける辛さが潮江を襲った。慌ててコーヒーを含むが、先ほど身体を暖めてくれたそれは望んだ効果をもたらす程冷めてはいなかった。
「       」
  潮江が声にならない叫びを上げて食満を睨みつける。その食満と言えば満面の笑みで潮江を見ていた。
「どーだ旨いだろ。俺が心を込めて作ったんだからな」
「…………手作り?」
「そ。手作り」
 あくまでもにこやかな笑みを崩さない食満に俺は確信する。
「おまえっ…やっぱこの間の事根に持ってんだろ……」
「さーなぁ。取り敢えず全部食えよ。すっげー時間掛かったんだからな」
  つまり他の3粒にも何かしら仕込んであるのだろう。ひきつりもながらも潮江は覚悟を決めて2粒目を口にする。
「………………ごふっ」
 噛んで暫くはビターチョコの控えめな甘さが。咀嚼を終え飲み込もうかというあたりで唐辛子の燃えるような辛さが口いっぱいに広がった。
「それは唐辛子な〜」
 相変わらずチョコをもぐもぐ食いながらのんびりと言う食満。
「せめて口直しさせろ」
 きっと甘いだろう食満の口に吸いつこうと口を寄せるが拒絶される。
「完食してみせろよ。全部それからだ」
 こうなりゃ意地とばかりに3粒目を口に放り込む。今度はどんな辛みかと身構えれば、襲ってきたのは強烈な酸っぱさだった。
「……うめぼし?」
「あったり〜」
 いい加減冷めてきたコーヒーで甘さと酸っぱさの絶妙な不協和音を無理やり流し込む。いよいよ最後だ。
「………………………にが」
「カカオ99%の純ココアまぶし」
 よりによって最後にそれかよと嫌そうな顔をしたがかまわず口付ける。完食したのだ、文句は言わせない。
「ん……ふ、っあ」
 舌を差し入れればすんなりと受け入れ絡めてくる。まだ口に残っていたチョコが甘く溶け、苦味に痺れていた俺の舌を癒す。チョコが溶けきった後は待ち望んだ食満の味だ。存分に味わってから唇を離すとうっとりと目を細める食満がいた。
 そっとソファーに押し倒す。
「……節分の時の仕返しか?あれは」
「その通り。主に4つ目」
「悪かったよ。でも俺いっつもおまえの舐めてんじゃん」
「変態と一緒にすんじゃねぇ」
 ずいぶんと酷いことを言われた気がするが、直後に食満から口付けて来たせいでうやむやになってしまう。

 結局俺はこいつに弱いのだ。
 今も、昔も変わりなく。

「仕返しでもなんでも受けてやるよ。ようやく捕まえたんだからな」

 腹の底からの本音を囁き耳に、目に、唇を降らす。
 食満からの返事は無かったが、しがみつく腕の力が強くなったような気がした。

 

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現パロ。おそらく高校生の二人。ハッピーバレンタイン。

2011.02.14

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