■聖なる夜のささやかな幸せ
年の瀬も差し迫ったある夜、闇の中を二つの影が動いている。忍術学園の忍たま、食満留三郎と潮江文次郎だ。
二人は授業の一環として請け負った任務を終え、学園に帰還する途中である。 忍たまといえど、六年生ともなればその実力はプロと変わらない。必然、請け負う任務もプロのそれに等しいものとなる。
今回の任務もそうだった。借金の借用書を奪いかつ、その存在を知る者の処分。
正しいか正しくないかは彼らの知ることではない。任務を与えた学園を信じるのみである。
学園への信頼は、卒業の後、仕える主への信頼へと置き換わる。
このような任務を在学中から繰り返す事により、プロに近い忍たま達は忍の心を養うのだ。
学園きっての武闘派の二人だ、任務そのものはそつなくこなしたのだが、同級生の不運が移ったのか、はたまた犬猿の仲と言われる二人が協力して任務を成功させた所為なのか。帰り道で猛烈な吹雪に襲われていた。
先を走っていた潮江が立ち止まり空を見上げる。
「止むどころか、これはますます酷くなるぞ」
直に追いついた食満も並んで足を止め、辺りを見渡す。
夜の闇に加えて、大雪と風。視界は一刻ごとに悪くなっている。
「学園まではまだ山二つある。この視界で山越えは危険だろう。近くに廃寺があったはずだ、完全に道を見失う前に一時避難しないか?」
「……そうだな。無理をして遭難したのでは任務完了とはいえん」
「報告するまでが任務です、ってな」
二人は軽口を叩きあうと、今度は食満が先になって廃寺へと向かった。
人の出入りが絶えて久しい廃寺。漆喰は剥がれ落ち、風雨にさらされた木材も朽ちてはいるが、当座の吹雪をしのぐには十分である。
床に散らばる木材から乾いたものを集め、火事にならぬ場所を選んで火をおこすと、灯りと熱の双方が冷えきった二人を温める。
雪蓑を脱ぎ、濡れた上着を干していると、先に火の傍に座って居た文次郎が手招きをしている。
何事かと近づけば不意に手を取られ、強く引き寄せられると抵抗する間もなく抱きすくめられてしまう。
突然の潮江の行動に食満は大いに慌てた。
「なななななな、なにしやがる!」
「こうしてる方が暖かいだろう。身体を冷やしたままではいざという時迅速に動けんからな」
対照的に涼しい顔をして言ってのける潮江。火を起こしているのだからわざわざ人肌で温める等しなくても良いのだが、腕の中に引き寄せた身体は任務で冷えた心を温めてくれる大切な存在だ。
「流石に任務中だ、これ以上はしてやれんがな」
「当たり前だ馬鹿野郎、ホントに何考えてやがるんだ…」
耳元で囁かれれば顔を真っ赤にして憎まれ口を叩くが、自分から離れようとはせず、潮江の腕の中で少しでも寝心地の良い場所を探している。
「先に寝るぞ、交代すっから適当に起こせ」
「おう。…おやすみ」
返事はせず、心地よい場所に落ちついた食満は、つかの間の眠りに就いた。
食満が寝てしまうと、途端に静寂が耳についてくる。
脳裏によぎるのは今回の任務の事。
忍者として正心こそが一番大事という己の持論を変える気は無いが、卒業して主に仕えれば、その主の正義が絶対となる。
もしも、自分の正義と主の正義が違えてしまったら。もし、その状態で今の仲間と敵対する事になったとしたら……
考えても答えの出ない問いをため息で押し殺し、今はまだ腕の中に居る恋人を、起こさぬように抱き締めた。
吹雪は未だ納まる気配を見せない。
雪に閉ざされた廃寺には風と火のはぜる音だけが静かに響いていた。
一刻程の時間が過ぎた頃、食満が目を覚ました。緩慢な動作で潮江から身を離す。
「何だもう起きたのか。まだ一刻程しか経ってないぞ」
「いや、十分に休めた。交代するから休め」
元々夜を徹して移動する予定だったのだ。吹雪さえ止めば朝を待つ必要もない。
「あぁ」
休めるときに休むの鉄則に従い、潮江は素直に横になる。食満の膝に頭を載せて。
「……おい?」
「良いじゃねぇか、ずっと抱いててやったろ」
「頼んでねぇ!お前が勝手にやったんだろうが……まぁいいけどよ」
珍しく素直な食満の言葉に、潮江は怪訝な表情をする。
「どうしたんだ、お前がこんな素直なんて気持ちわりぃ。……さっきのも、大人しく抱かれてるたまじゃねぇだろうに」
まぁ俺としては大歓迎なわけだが、と続ける口を平手で塞ぎ黙らせる。
目を泳がせ言い淀むが、潮江の視線はダンマリは許さないと雄弁に告げてくる。
「あー、まぁ、なんていうか。……くりすます、だしな。こんな夜位はと……」
「くり、すます?なんだ、それは。南蛮の言葉か?」
食満はうなずき、先日後輩から聞いた話を披露する。
「南蛮の祭りだ。神様の誕生日を祝うんだと」
「花祭りみたいなもんか」
「たぶんな。南蛮では今日は聖なる日として家族皆で過ごし、ボーロを食べ、子供達は聖人から贈り物をもらえるんだそうだ」
「祝いの席にボーロはまぁ解るが、誕生日の本人でも無いのに贈り物なんて習慣があるのか」
「南蛮じゃこのくりすますから年越しまでを纏めてしまうらしいからな。一年間良い子でいたご褒美なんだとさ。こういう習慣について書かれた書物は学園にも中々ないし、流石は福富屋の跡取りってとこだな」
後輩自慢は軽く聞き流し、今聞いた話を頭のなかで整理する。
「要するに、神の誕生日にかこつけて子供に薫陶をし、大人は親しい奴らと過ごす日、ってとこか?」
遠い異国の神とはいえ、敬意のかけらもない潮江の言葉に苦笑しながらも食満はうなずく。
「大体そんなもんだろ、きっと。この年の瀬に任務で、しかも帰りに吹雪にあうなんて不運までついてきたんだ。……祝いの日にかこつけて、お前と二人きりって状況くらいは大事にしたかったってだけだよ」
意地っ張りで、恋仲になったというのに素直になるのは褥で意識を飛ばす直前のみ、というこの食満から、まさかこんな言葉を聞けるとは。
瞠目する潮江の視線に己の顔が赤くなるのを自覚した食満は、手のひらで潮江の目を覆い隠す。
「いいから、さっさと寝ろよ!吹雪が止んだら即、出るんだからな!」
「留三郎」
視界を隠されたまま、潮江は言う。
「南蛮のだろうとなんだろうと、めでたい日をお前と過ごせて嬉しい。こんな任務も、吹雪の足止めも、お前と一緒なら不運とは思わん」
潮江の口元が不敵に微笑む。
「祝い事は片っ端から祝ってやるよ。任務中だろうがなんだろうが。……それでお前が素直になるならな」
いつの間にか風の音がやや弱まっている、この分なら朝一番で出立できるだろう。
好き勝手な事をほざいて寝てしまった憎たらしい恋人への報復は学園に戻ってからでいい。
今宵は聖なる夜。
こんな夜くらいは優しくしてやろうか。
つかの間の眠りに就く恋人を、食満は優しく撫で続けていた。
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もんとめりーくりすます。
2010.12.25